句集『硝子の時間』篠遠良子
本阿弥書店 2025年1月20日発行
自選12句
春の吾子銀の折鶴持ち歩く
骨壺に入る春色の喉仏
水笛の鳥にみづ差す夜店守
恋心ぐらぐら田水沸きにけり
真夜中は硝子の時間水中花
桜蘂降るや逝く人耳聡き
素手といふ纏はざるもの手毬つく
毛氈に鳥影走る立子の忌
滴りの途絶えて数へきれざる死
遠青嶺脚立自在にカメラマン
草刈や掌といふ固きもの
木曽馬も男も枯れてゆく中に
句集『硝子の時間』篠遠良子
本阿弥書店 2025年1月20日発行
自選12句
春の吾子銀の折鶴持ち歩く
骨壺に入る春色の喉仏
水笛の鳥にみづ差す夜店守
恋心ぐらぐら田水沸きにけり
真夜中は硝子の時間水中花
桜蘂降るや逝く人耳聡き
素手といふ纏はざるもの手毬つく
毛氈に鳥影走る立子の忌
滴りの途絶えて数へきれざる死
遠青嶺脚立自在にカメラマン
草刈や掌といふ固きもの
木曽馬も男も枯れてゆく中に
句集『八ヶ岳真白(やつましろ)』伊藤美恵
朔出版 2024年12月25日発行
宮坂静生選 12句
夏の靄橅に抱擁さるる心地
杜鵑草(ほととぎす)苦にもされずにありたきよ
夫褒むること忘れてゐて草紅葉
角ばりし心いつしかポポーの実
慕情とは秋の帚木ふんはりと
天に鳶縄文の地の草蝨
揺るがざる極月の八ヶ岳我は微塵
大満月森の獣等眼をよせ来
餅切るや子は大人びてもの足らず
冴返る阿弥陀岳(あみだ)の天の深きかな
この鄙の土となる身や法師蟬
まなかひに八ヶ岳真白なり山の講
句集『裸足の家』市川敬子
文學の森 令和6年8月8日発行
宮坂静生選10句
刺草の道行けばふと少女の時
滴りの音の充ちたる生家なり
やはらかき泉の底の睡魔かな
螻蛄は背に天使の羽根を着けてをり
春星座からだ半分遊牧民
鳳仙花音が仕事のブリキ職
気分屋で通す一生薔薇の国
空のびてつんつるてんや小鳥来る
山繭の羽化やともかく今日を生き
毛蚕さまの頭でつかちだいだらぼう
『子らの宵ぼれ』 丸山宏子
岳書館 令和6年10月20日発行
小林貴子選 15句
狂言のごわすごわすと山の藤
夏雲や浮桟橋の進みさう
ピザ店の幌の張り出し冬木立
面輪板家族の多き家に嫁し
河骨やぱさぱさぱさと俄雨
面打ちの一打に春の動きけり
蟬の羽化子らの宵ぼれ許されよ
青葉騒リーチの皿の兎どち
噴水の高きに我の揺れてをり
寒月やふつと癋見の戯け顔
月白や辻に少年占師
鳴き出す蟬に覚悟のやうなもの
振り向かず真つ直ぐに行け梅真白
流れ行く雲に手を挙ぐ捨案山子
こんこんと湧く水手斧始かな
句集『鑑真』宮坂静生
出版社 本阿弥書店
発行日 2024年8月5日
自選 十五句
鑑真も空海もゐる月の中
帰らざる日よ寝室に登山杖
蜃楼(かいやぐら)わが青春の大江ゐる
八十年は道草といふ薄暑
霓(にじ)といふ兜太が贈りくるるもの
クリムトもシーレも世紀末の汗疹(あせも)
鉄材を擲(なげう)つパール・ハーバー忌
地下壕の滴り闇を穿ち抜き
広島へ行く一輛はみんな螽蟖(ぎす)
黄落や自死の三島が通せんぼ
栗は踊子タイツのごとき網袋
コロナウイルス蓑虫の春装で
傘寿とて緑陰力の身につきし
兜太嵐龍太花冷え杏子の死
戦争が立たぬ縁側ぬくとしよ
句集『たまゆらの霧』田中利政
発行日:2023年12月28日
発行所:岳書館
『たまゆらの霧』十句
一滴に一滴の空露葎
稚児車たまゆら霧の掠めけり
雪渓に幾千万の時空かな
青春の墓標はるかに雲の峰
星今宵刻は零れてゆくばかり
垂直に切り立つ岩場星鴉
滝谷の昏き奈落や日雷
透析の窓一枚に春の景
蘖やつひに噴かざるわがマグマ
潔き裸木として風の中
(抄出 小林貴子)
句集『蝦夷富士へ』 許勢元貞(こせ・もとさだ)
発行日:2023年11月22日
発行所:角川書店
『蝦夷富士へ』十二句
蝦夷富士の襞深くせり大枯野
降りしきる雪石狩平野(いしかり)を養へる
雄冬より望む積丹木の根明く
鍋破(なべこわし)酒は生酛の日向燗
乾鮭を嚙むや襟裳の日と風と
海獣の魂の叫ぶよオホーツク真冬
先祖(さきつおや)いづくより来ぬ露の道
縄文の呪文よオショロコマの斑は
根の国の底から吹雪生まるるよ
八月来湯浴みの妻の神隠し
跳人(はねと)の鈴一つひとつにをどる霊
諾へず海を見てをる海鼠かな
(宮坂静生選)
句集『奔馬の如き』 𠮷澤利枝(よしざわ・としえ)
発行日:2023年11月1日
発行所:朔出版
『奔馬の如き』十句
君の背は日向の匂ひ騎馬始
アカシアの花の大連騎馬の夫
わが渾名猪八戒とや旱雲
七転びあとの昼寝の長きこと
虫干しの馬具一式に夫の名
蜩や老いて和顔施志す
みんなみんな死んじまつたよ葛の罠
我になき余生二文字鬼胡桃
気が付けば我は大婆藪柑子
手力男だつた貴方の皮手套
(宮坂静生選)
『岳俳句鑑(たけはいくかがみ)』
発行所:岳書館
発行日:2023年4月30日
人が生きるとは、すべての人が自分だけの生き方を模索することである。独創とは生き方の問題に深く結びついている。しかし、いかなる人であっても、砂漠の真ん中で一人で生きることはできない。人と交わりながら生きる以外に生きられないであろう。そうであるならば、だれもが似た生き方を模索しながら、人が求める最良の生き方を探す以外に生き方はないのではないか。表現者として最も厳しい短詩型の文学に携わる俳人はことばで、誰もが感じていながら、気が付かない、気が付いてもそこまで深めることができなかった領域までことばを生き届かせることができれば、それが「独創」であろう。
―「はじめに―なぜ俳句か」(宮坂静生)より