「岳」7月号 主宰宮坂静生の句はこちらをご覧ください。
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1978年に長野県松本市で宮坂静生が創刊した俳句誌「岳」が今年45周年を迎え、5月20日ホテル国際21(長野県長野市)にて、45周年記念大会、パネルディスカッション、トークコーナー、祝賀会が開催されました。
大会の中で、宮坂静生主宰より「俳句誌も30年を過ぎたあたりから、一つの歴史を刻むという思いを持ちまして、45周年になりますと、一年一年が完結であり、同時に半世紀50年へといまだある意味では完結しない途上感という思いをかみしめております」とお話がありました。
続いて、柳田邦男先生及び句碑建立に関わる関係者各位に感謝状を謹呈するとともに、岳俳句会の名誉雪嶺賞、永年賞、45周年草魂賞の授賞式が執り行われました。
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パネルディスカッションでは、「短詩形文学への期待」をテーマに、ノンフィクション作家の柳田邦男先生、歌人の川野里子先生、宮坂静生主宰をパネリスト、小林貴子編集長をコーディネーターとしてとして意義深いお話がありました。
柳田先生は、「短詩型文学というものが、平凡な一語であっても、それを意味づける言葉が添えられることによって、世界や宇宙や人間全体の血肉の中で流れる人間の内面やそういったものをぐっと立ち上げてこちらに迫ってくるような力を持ち得る」ということ、無意識下のうちに俳句の中におどりでてきたイメージに全人生や人格形成の原点に関わるようなことが凝縮される得るという俳句の可能性についてお話しくださいました。
川野先生は、短歌は「ダイアローグではないか」、「私たちは言葉を尽して何かを表現し、その答えを耳を澄まして待つほかない。そして、待つことそのことが短歌の存在意義になっているのではないか」ということを話されました。また、地貌季語は「地面から湧き上がってきた人々の生活に密着した」言葉であり、「湧き上がってきたその現場に言葉を返そうということ」。そのような季語が寄り添うことで、宮坂主宰がしばしば言及している「共生感覚」に至りやすくしているのではないかということを話されていました。
宮坂主宰は、「写生」とは、「『私』が半分、そして「私」が見るものが半分。そういう半分の自分を探すこと」ではないかと述べられました。そして「母なるもの」、ヒューマニズムが危機に瀕している状況にあって、断片の詩型である俳句は、不安定なるがゆえに安定なるダイアローグの形を求めながら、内容的にも永遠なるものを求めながら、突き進む詩型なのではないか、というお話がありました。
最後にコーディネーターの小林編集長より、「短詩型文学への期待」というとても大きなテーマで、三人の先生方からお話を聞いて、様々な問題提起が与えられ、考える機会を与えられたので、一つ一つ考え続けて新しい短詩を作ってほしいと岳の誌友のみなさんへ向けたお話がありました。
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トークコーナーでは、2009年より「岳」の表紙絵を描いてくださっているいせひでこ先生より、表紙絵にまつわるエピソード、絵本『たぬき』にまつわる興味深いお話も伺いました。
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祝賀会は、田川えりさん(ソプラノ)、飯田佳代子さん(ピアノ)によるソプラノ・ピアノコンサートといせひでこ作『たぬき』の朗読で始まりました。
続いて、ご来賓の現代俳句協会会長中村和弘様、同副会長高野ムツオ様、「麟」代表山下知津子様、NHK出版浦川聡子様よりご祝辞をいただき、「石物語~宮坂静生句碑のできるまで」が上映されました。
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翌21日は晴天に恵まれ、千曲市龍洞院にて宮坂静生句碑除幕式が執り行われました。
ご来賓の皆様、北は北海道から南は九州まで遠路足を運ばれた誌友の皆様、祝電やお祝のメッセージをお寄せくださった皆様、「岳」創刊45周年及び宮坂主宰句碑建立を祝ってくださり、深く感謝申し上げます。
写真撮影:内堀タケシ
7月の月例会は以下の通り開催されます。
会員、同人の皆様ふるってご投句ください。
日時:7月2日(日) 午後1時より
投句:事前投句(三句) 6月20日(火)〆切
※詳細は「岳」6月号をご参照ください。
開催場所:塩尻市総合文化センター
「岳」6月号 目次はこちらです。
「岳」6月号 主宰宮坂静生の句はこちらをご覧ください。
岳」6月号 編集長小林貴子の句はこちらをご覧ください。
『岳俳句鑑(たけはいくかがみ)』
発行所:岳書館
発行日:2023年4月30日
人が生きるとは、すべての人が自分だけの生き方を模索することである。独創とは生き方の問題に深く結びついている。しかし、いかなる人であっても、砂漠の真ん中で一人で生きることはできない。人と交わりながら生きる以外に生きられないであろう。そうであるならば、だれもが似た生き方を模索しながら、人が求める最良の生き方を探す以外に生き方はないのではないか。表現者として最も厳しい短詩型の文学に携わる俳人はことばで、誰もが感じていながら、気が付かない、気が付いてもそこまで深めることができなかった領域までことばを生き届かせることができれば、それが「独創」であろう。
―「はじめに―なぜ俳句か」(宮坂静生)より